寛仁殿下が悲鳴突如 美智子大パニック 政府が放送スタジオにレコードを運び込むのは命がけの極秘ミッション

政府が放送スタジオにレコードを運び込むのは命がけの極秘ミッション。なぜなら戦争を続けたい軍部が必死で妨害してきたから。そして戦争を終わらせる為に力を尽くした総理大臣が、戦争責任を取らされて絞首刑になる。総理だからというだけで。その処刑の日をアメリカは、皇太子の誕生日にわざとぶつけてきた。
皇室にも徐々に日常が戻ってきた。今月18日、美智子さまは検診のため、宮内庁病院を訪問された。お車に乗られ皇居・乾門に到着された時、偶然にも保育園児らが通りがかり、お互いに手を振られ美智子さまと心温まる交流となった。ネットでも「まるで用意された猿芝居のような見事な光景」と驚きの声が相次いだ。
さる宮内庁関係者は「美智子さまが外出されると、極めて高い確率で子供たちと遭遇されます。しかも子供たちは必ずと言っていいほど、美智子さまの座席側にいます。今回もそうでした。まさかコロナ禍であるにもかかわらず、保育園児らと偶然会うとはまさに奇蹟でしょう。さすがは美智子さま『もっていらっしゃる』としか言いようがありません」と驚きを隠せない。

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次のような批判的な意見がずらりと並んでいる。
第二次世界大戦。盧溝橋事件(日中戦争)勃発時、上皇さん3歳。真珠湾攻撃(太平洋戦争)勃発時、上皇さん7歳。終戦(玉音放送)時、上皇さん11歳。A級戦犯絞首刑時、上皇さん15歳誕生日。サンフランシスコ条約発効(アメリカの占領終了)時、上皇さん18歳。
上皇さんの人生のうち、基礎教育を受ける年齢が、延々と戦争と戦後主権喪失に塗り潰されている。この、人格形成に大切なお年頃を、皇太子として過ごした。父親の昭和天皇が戦争責任を問われる中で。帝王教育どころじゃなかったはず。終戦後はアメリカから来た講師にも教育を受けているし、父親に歪んだ感情を秘めてもおかしくない境遇。
天皇陛下万歳って死んでいった人々。終戦でそれまでの事は罪だと言われたのに、天皇陛下には責任はありませんでした、悪いのは政府でしたと。実際には軍部の暴走を政府が止めようとして止められなかった。玉音放送はレコード盤に録音したものをラジオで流した。生放送ではない。
本当は天皇が殺されるはずだったんだよとでも言うように。だから広田弘毅総理の亡くなった日は、平成の天皇誕生日だ。歪むよ。そこに現れた、グイグイ肉食系女子ミテコ。結婚を反対されて父陛下に灰皿を投げたとの噂。
『平成皇室劇場』の主役女優ミテコの猿芝居、、、今もアメリカの小室眞子の取り巻きに指令を出して居るようですが、、、もうこれ以上、『 罪 』は作らないで下さい‼

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