紀子さま堕胎事件の真相
前回の記事では、紀子さまが、秋篠宮殿下と結婚される以前に、二人の子どもを堕胎したという噂について紹介しましたが、今回は、前回紹介した堕胎に関する噂の真実の裏付けとも言える、ある事件について解説したいと思います。
前回の記事では、紀子さまの堕胎に関して、主に、噂話や、憶測などを中心に紹介しました。先の動画をご覧になられた方の中には、「まさか、紀子さまが堕胎をしたなどあり得ないだろう」と思った方もいるのではないかと思いますが、以下の説明を聞けばそうした考えも変わるかもしれません。
今回紹介するのは、紀子さまの父親である故川嶋辰彦教授が、御所へ乗り込み、秋篠宮殿下と上皇陛下を恫喝し、紀子さまとの結婚を迫ったという前代未聞のとんでもない事件についてです。
川嶋教授の“御所怒鳴り込み事件”に関しては、紀子さまとの結婚前後に、女遊びの絶えなかった秋篠宮殿下を責め立てたということ、それから、もう一つ、結婚前に、秋篠宮殿下と紀子さまの結婚を認めるよう、上皇陛下に迫ったという、主に、この二つの話が語られています。
この時すでに、秋篠宮殿下は紀子さまと交際されており、おそらくは結婚についても本格的に準備を進められていた時期でしょう。
自分が明仁だったら、川島の身辺調査を徹底的にさせて、同時に学習院大学と談判してキコから礼宮を引き剥がし、川島は退職ににさせる。そもそも皇室付きの弁護士がいるだろうに、なぜ専門家に対処させないんだ。こんなチンピラ川島の上げ下げ恫喝に飲み込まれるなんて、情けない。
侍従達のアドバイスを聞かないで、自己判断したのであろう。
アホな経営者が破滅するパターンだ。ま、明仁は美智子に惚れ込んでのぼせ上がって昭和帝を恫喝したアホ皇太子だしね。昭和帝が存命の頃は質素堅実だったので、美智子も懐柔されると甘く見たのかもしれないけど。ちなみに明仁の学生時代のあだ名は エロ です。悲しい。
これと同じく、川島教授が同和研究に入れ込んでいて、ゼミ生を特殊部落見学などに連れて行った話も忘れてはなりません。
この夫婦の馴れそめは、同和問題研究会で知り合ったとされており、宮内庁が通常の追っ払い手段では紀子との悪因縁を断ち切れなかったのは、そういうことが背景にあって、結婚を認めなければ差別があったものとみなす、との通告めいたものがなされたがゆえに、紀子への七代遡る宮内庁伝統の家系調査も一切なされぬまま、バラック娘を嫁にする大醜態を認めてしまったとみられます。
案の定、夫婦は結婚直後から喧嘩の絶えない関係であり、宮邸の外にまでどなり合う声が聞こえるありさまで、週刊誌も報じていました。もし実際はAZ家の次男だとしても、バラック出生の嫁とは釣り合うわけがなく、まして皇族の仮面をかぶらされていては、著しい身分差となります。
秋篠宮家の不協和音は、こうして最初から浮気の絶えない男であるにも関わらず、川島教授自身が自分を”解放”したいがあまり、娘と共謀して、とんでもない”雲の階段”へと足をかけたことに原因があり、ふわふわと浮かぶだけの実態のない偽宮家では、寄りかかれる柱一本ないわけで、眞子も反社の手に落ち、悠仁も裏口入学強行で世論から酷評される総崩れ状態となっていったのでしょう。
本日も最後まで動画を見ていただきありがとうございました。また皆さんに感じたこと意見などをコメントしていっていただけたら嬉しいです。もしよろしければ評価などもお願いします。では次回の動画でまたお会いしましょう。ありがとうございました。