今日、ご紹介するのはです。
「眞子さんまでも…なぜ女性皇族はバ ッシングされ続けるのか」
「飲み会に参加した小室さんを中国メ ディアが早々に疑問視」
「小室眞子さん外出姿がパパラッチに… イギリス紙が報道」
はたして小室夫妻はニューヨークで幸せに暮らせるのでしょうか。
この先いったいどうなっていくのか詳しく書かれた記事から見ていくことにしましょう。
以下、引用を含みます。
小室さんと結婚した眞子さんがアメリカへと辿り着きました。
日本での辛い日々からさよならを告げた瞬間です。
ですが、渡米によってバッシングから解放されるのかアメリカにいてもメディアから追いかけられるのか現時点ではそれは誰にもわかりません。
どうして女性皇族はターゲットになり叩かれるのでしょうか。
皇室がバッシングされるのは今回が初めてではありません。
天皇が代替わりするといったような皇室が何かしらの変化を起こしたときが多いです。
皇族および天皇の価値観と国民の価値観が合わないときにバッシングすることで修正を迫るのでしょう。
皇室バッシングは60年以上も前の11959年に当時の正田美智子さんが明仁皇太子と結婚した時に起きました。
バッシングの中心は当時の旧宮家皇族や皇族たちです。
戦前、皇太子の結婚相手は鷹司家や近衛家といったいわゆる五摂家から選ばれた娘でした。
そのため平民の女性との結婚に怒り美智子さんを粉屋の娘と軽蔑しました。
戦前の価値観を持った旧世代の上流階級にはそのように見えたのだと思います。
これは美智子さんが皇太子妃となってからも続いていきます。
ですが当時のほとんどの国民は上流階級の価値観を拒みました。
終戦の時代を抜けて美しくて若い皇太子妃が生まれたのです。
人々は美智子妃に夢を重ねます。
当時、美智子妃をバッシングした雑誌は売れませんでした。
綺麗な皇太子妃に国民達の気分が高まったのは日本自体が高度経済成長だったからです。
当時の首相だった池田勇人氏が所得倍増計画を打ち上げずとも給与は上がり国民たちは明るい未来像を描いていました。
美智子妃こる時代が求めていた人物だったのです。
次の皇室バッシングは昭和から平成に変わった時でした。
長かった昭和が終わり平成という新たな時代に変わると新しい天皇は象徴天皇像つまり国民に寄り添う天皇像を示し始めます。
例えば被災地を訪れて被災者と話をするときひざまずき目線を同じ位置に合わせました。
昭和天皇を知っている人達にとっては天皇像が崩れ落ちる程ビックリしたみたいです。
評論家の江藤淳さんは雑誌で次のように批判したくらいです。
『立った姿勢のままでいいのに・・・
被災者と目線を合わせる必要もひざまずく必要もないのに。
車上でも馬上でもいいのです』ですがこれも天皇皇后両陛下が国民の価値観に寄り添ったという事で批判は広がりませんでした。
1993年になるとまたもや美智子皇后に対してのバッシングが起きます。
宮中で皇后という立場の権力を握り人を威圧するような態度で振舞っているという根拠があるとは考えられないものでした。
中心となったのは昭和の時代を長く生きた人達で昭和という形が壊れることに我慢出来なかったのでしょう。
この記事皆さんはどう思われましたか。
ではこのニュースを見た人々の反応を見ていきましょう。
今まで好き勝手にした来た人間ですよ~別れようが知った事では無い。
どう考えても小室圭にニューヨークで弁護士が務まるとは思えない、法令遵守どころか、自ら率先して犯罪を犯す輩だな 笑
そりゃKKは金と結婚したんだから愛なんてないでしょうよ
でも金は絶対に手放したくないからあの手この手でしがみつくでしょ
闇深い30歳のヒモを甘く見てはいけない
もっとも人間性が近いから別れないだろうね
KKは仕事と勉強しろ!と言っても、受かる気は無さそう…。
別れて、一般人に、なれば良いのでは。一般人に、なっても、誰も助けない、失礼です、自業自得では。
なれない土地、治安が日本よりも悪い海外で、妻だけで買い物に行かせて安心してられる旦那ってどうよ?
普通不慣れの土地って怖くない?
私は不慣れな土地ほど、知った仲を連れていきたいですね。
治安が良いと言っても、日本ほどじゃない。
マコさんは、日本で生きていれば、マスコミや一般人にどれほど批判されようが圧力かけて黙らせることは可能でしたでしょうが、
海外では日本の警察なんかもそう簡単に手出しできないのが現実。